谷由貴の不思議さ      美術作家 水谷忠敬

現代社会のカオスの中で人間らしく自身を保つのは至難の技である。

恵まれた生活環境の中で選択肢は多くあろうに、谷由貴は草木より染料をとり、絹糸を染め、それを織り上げる。

草木には季節があり、染めるにも時候を選ぶ。天の恵と自然の力を肌に感じながら織っているにちがいない。

太古より受け継がれた正しき手法を採ることにより、谷由貴は本来の人間らしい感性を保ち続けているのだろう。

そのような感性は素直に自らを引き出し、彼女らしい個性を醸しだすのではないか。

例えば、谷由貴は刈安で染めた黄色が好きだと云う。あきないとも云う。

たしかに絹の特質である染め上がりの良さや深みのある光沢を刈安の黄色は、いっそう艶やかに映し出している。

色彩学者が解くに「黄色は最も楽しい色であり、前途洋々を意味し、劣等感・自己卑下や倦怠・スランプを消散させる色」と。

刈安の黄色は谷由貴の雰囲気そのものとだぶりはしないか。

黄色のもつ魂が彼女をそうさせ、また彼女のまわりを明るく楽しませているではないか。

谷由貴の創り出す着物を着ると云うことは、

自らを美しく飾るだけでなく、人生をも楽しく豊かなものにしてしまう幸せを得る様なものかもしれない。

”歩く事によって地球を彫刻する”イギリスの現代作家リチャード・ロングの言葉を借りると

「すぐれた作品とはよい時によい所によい物があって初めて成り立つ。つまり、幾つもの要素が交わる場所である」と。

作家 谷由貴との出合いの場、高松二度目の個展に寄せる期待は大きい。